福知山市掘 T様

 庭の紅梅が咲き始めた頃母が他界致しました。
あと十日余りで九十歳の誕生日でした。
一人暮らしをしていた母が八十五歳で故郷を離れ、私共と同居して四年。
畑仕事を楽しみ、雑巾を縫い、おいしいおいしいと好き嫌いなく何でも食べどこへでもついて出掛けた母。
「ここ(福知山)に来て元気になった」と喜んでくれた母。
 ゆらの高橋様の親切な対応がご縁で、お花の好きな母は花祭壇に囲まれ、心のこもったなごやかなお式に満足して旅立ってくれたのではないかと思っております。
母の旅立ちのお手伝いをしていただきました皆様に心よりお礼申し上げます。
 白毫寺様とのお出会いもお花がご縁でした。去年、母と九尺藤を見に出掛けた白毫寺様が、母と同じ天台宗。
故郷を離れて旅立つ母に天台宗で・・・とお願い致しましたが快くお受け頂けました。
又、親身になってお世話頂きましたゆらの吉見様はご住職と幼馴みとか。
 ご縁とはまことに不思議なもの。お花を通して一本の線でつながっておりました。
人生とは、どこかで誰かと何かとつながり乍ら織り上げられるものかもしれません。
 一期一会を大切に・・・

合掌



  
一年余りの間に
丹波市 I様

 私は、一年余りの間に里の父、主人の母、実兄と大切な肉親を相次いで亡くしました。
その節には多くの皆様からの励ましやご丁重なご厚志を賜わりこの紙面をお借りし改めて御礼申し上げます。
 その葬儀につきまして父と母は自宅で、実兄は都会で生活をしていた事から葬儀会館でお世話になる事と致しました。
自宅葬の父母は永年住み慣れた家から送りたいという願いもあり従来通り区の皆様のお世話になりました。
祭壇や飾りつけ、幕張りはゆら様に一任でお世話になったのですが、地域の慣例も尊重して頂き、清楚で美しい会場設営に家族、親族は大変感動しました。
さぞかし故人も満足し喜んでくれたものと一年を過ぎた今も思っております。
 兄の通夜は自宅でしたが告別式は葬儀会館でお世話になりました。
参列を賜った皆様にわざわざ会館まで御足労賜る事に恐縮の気持ちで一杯でしたが、なんと言っても有難かったのは、暑い時期に涼しい所で葬儀が出来た事です。
又家の片付けや、掃除等に肉親が忙殺されず、亡き兄の傍らに少しでも長くいてやれた事が最大の喜びです。
短い時期に悲しい体験をしましたが故人が一番喜んでくれると思われる選択を身内が決断したらいいのではと思います。


  
福知山市 I様

 母は夫を早くに亡くし、女手一人で私達兄弟を育ててくれましたが、このたび84歳で他界いたしました。
「ゆら」さんに相談したところ、花祭壇を薦められお願いすることにしました。
お花が好きな母の遺影写真はハートの形に飾られ、普段着で写った母がとても綺麗に映りました。
スタッフの方々にも親切にしていただきました。
母もとても喜んでいると思います。
ありがとうございました。


  
初めての体験でした・・
丹波市 I様

私の父は脳梗塞で倒れ、9ヶ月間入院し、この春他界しました。
初めの二・三ヶ月は一週間に数回、お風呂に入れてもらっておりましたが、その後は拭いてもらうのみでした。
その旨を伝えると、ゆらさんより「湯かん」というシステムがあり、体をきれいにして頂けると聞き、お願いしました。
それは本当に目の見張る光景で、二人一組の手際の良い作業でした。
爪きり・洗髪・着物への着替え等…又、病気で痩せこけていた頬にふくらみを持たせてもらい、元気な時の顔に一歩近づいたようでした。
思わず「おじいちゃん、さっぱりしたね。きれいになって、天国に行けるね」と声に出す自分がいました。
家族では到底出来ないことを、心を込めてして頂いているのが伝わり、「うちのおばあちゃんの時も是非…」と決めました。
というのも、主人の母も危篤状態だったのです。
心配していた通り、その一週間後に息を引き取り、「湯かん」をお世話になりました。
親戚から「まるでエステをしてもらったみたいに、きれいになったね」と喜びの声。うっすらとお化粧、頬紅や口紅まで。
まるで今にも話かけてくれるかの様でした。 
本当にお世話になってよかった。
それが家族・親戚一同の感想です。
有難うございました。


  
最愛の妻を亡くして
福知山市榎原  M・A様(会員)

 昨年末12月31日、私は長年連れ添った妻を亡くしました。妻は心臓を患っており、2ヶ月前程から入院していました。毎日、妻の顔を見に通院していましたが、ちょうど用事ができ、出かけていた時に他界してしまいました。死に目に会えなかったことが残念といえば残念ですが、仕方ありません。
 さて、折りしも年末。明け方、病院から連絡があった時には外は雪。病院側も年末年始で職員が手薄になっている時でしたから、出来るだけ早く対応して欲しいと依頼されました。私はすぐさま知人のいる「ゆら」へ連絡しました。その時の対応の素早さは驚くほどでした。病院の職員の方もびっくりされていたほどです。
誠意ある対応に私はすべてお任せして、年末年始であったのにもかかわらず通夜・葬儀を滞りなく済ませることができ、大変喜んでおります。
 いろいろとお世話になった中でも私が最も感動したものは、「香典帳」でした。香典袋をそのままコンピュータを使って利用し、それをきちんと編集して下さいました。これは実に便利な機能で機能的です。
 日に日に妻がいないことに寂しさを感じていますが、これかも前向きに生活していきたいと思っています。最後になりましたが、「ゆら」のスタッフの皆様方、何から何までいろいろとお世話になり、本当にありがとうございました。






 
〜母のこと〜
春日町多利  M・T様(会員)

 平成9年11月4日、母は私の目の前で、突然、脳梗塞のひどい発作に襲われた。そして、その日より母は寝たきりの生活になった。
昨年の夏までの、約6年間の母との一心同体ともいえる介護生活の中、私はとうとう疲れを出し、力尽きてしまった。
 母は今は施設にお世話になり、寝たきりの生活ではあるが、元気で生きていてくれる。
 今になると母は私にいろいろなことを教えてくれたと思う。ただ黙々と田畑や家のことをしているだけと思っていた母に、こんなに多くのことを学んでいたとは・・・こんな時は母はこうしていた、こう言っていたと、何度も何度も思い出す。
 母が寝たきりになって、何よりも以外だったのは、自分勝手な自己中心の私が、ひとりの人間のために、それもあんなに長時間、介護が出来たということである。母は身をもって私に教えてくれたのである。私に出来ることは、介護とは、老いとは・・・そういったことを母の姿から学びしれと・・・
 もし母のことがなかったら、私はもっと自由に生きられたかもしれないけれど、人間としての大事なことを知らないままで終わっていたと思う。家族の気持ちもこんなにひとつにならなかったかもしれない。
 母は今でもたくさんの事を教えてくれる。


  
〜義母を送って〜
氷上町成松  A・Y様

 この度の義母の葬儀につきましては、大変お世話になり、ありがとうございました。
 義母は一人暮らしだったため、遺族が村の付き合いも分からず、部落で葬儀をあげるのは困難なため、ゆら様でお世話になる事になりました。お陰様で、美しく立派なホールで義母を送り出すことが出来、親族一同感謝致しております。
 今後は、義母のような世帯が増え、部落の葬儀が減少の傾向を辿るように思います。そのためか、この田舎でも葬儀屋さんといわれる業者が増えてきました。
 葬儀の際、私共が業者さんに願うことは、マニュアル通りのサポートではなく、故人との別れの気持ちを汲みとった、心のこもったサポートなのだと感じております。
 ゆら様には、私達が感動しましたように、更なるサービスの向上を心掛けていただき、遺族、親族の心の中にいつまでも残るようなお葬式を施行されることを心より願っております。本当にありがとうございました。

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